2008年01月
Suikei meeting Kanto chubu branch and personal fishing trip special edition [the overseas volume] Vietnam4
投稿者 ■高翠■【関東中部支部長】 29日 23:48 | コメント(0) | 日本渓流JP翠渓会 関東圏本部関東中部支部
Suikei meeting Kanto chubu branch and personal fishing trip special edition [the overseas volume] Vietnam3
投稿者 ■高翠■【関東中部支部長】 29日 23:45 | コメント(0) | 日本渓流JP翠渓会 関東圏本部関東中部支部
Suikei meeting Kanto chubu branch and personal fishing trip special edition [the overseas volume] Vietnam2
投稿者 ■高翠■【関東中部支部長】 29日 23:42 | コメント(0) | 日本渓流JP翠渓会 関東圏本部関東中部支部
12年前、初めての海外旅行はベトナムだった。難民として日本に暮らしていたベトナム人とはとても仲が良く、又、アウトドアが大好きな彼とは日本でも色々な所へ遊びに行ってた。 彼が8年ぶりに祖国へ一時帰国するとの事で一緒に行って遊ばないか?と誘われた。 羽田から関空へ乗り換え、ベトナムの首都ホーチミンへ飛んだ。彼の田舎のニャーチャンという村はホーチミンから車で15時間。観光客は元より、外国人も居ない郊外だった。当然、釣りをすれば人だかりだ。パックロッドに玉ウキ仕掛けで濁った川で釣りをする。釣れる魚は皆、日本で釣れるコトヒキのような魚ばかりだった。友達の親戚たち総出で釣りをし、釣れれば大騒ぎ。釣れた魚は焚き火で焼いて食べた。美しい風景も去ることながら、現地の人達の笑顔も素敵だ。
今でもあの楽園では変わらぬ時が流れている事だろう。
The first overseas travel was Vietnam 12 years ago. I was very close to the Vietnamese who lived in Japan as refugees, and even Japan went out to the various places to play with him who loved outdoor again. I go together and do not play that he goes back to the mother country at one time after an interval of eight years? It was provoked と. I flew to transfer, Vietnamese capital Ho Chi Minh from Haneda to Kansai Airport. Of his country, in the village called Chan, is mew 15 hours by car from Ho Chi Minh. The tourist was the suburbs where the foreigner was not than the cause. Naturally it is a crowd if it does fishing. I do fishing in the river where was muddy with a ball device to a pack rod. All the fish to be able to catch were only fish such as the KOTOHIKI to be able to catch in Japan. I do the relatives of the friend of fishing in a body and make a fuss if I can catch it. I roasted the fish which I was able to catch by an open-air fire and ate. In spite of being the beautiful scenery going away, the smile of local people is wonderful.
To be that paradise will be still that time when I do not change goes by.
投稿者 ■高翠■【関東中部支部長】 29日 23:11 | コメント(0) | 日本渓流JP翠渓会 関東圏本部関東中部支部
西丹沢の渓流、中川川はよく通った渓流の一つだ。バスで通っていたから一番行きやすかったのも理由だが、今のようにレジャーの人も居なく静かで良かった。いつもは源流の白石沢や手沢などが釣り易く通っていた。大滝沢、西沢、東沢など有望な支流もあったが、崩壊している所が多く、水量次第で入渓した。東沢は流程ほど釣り場は長くないが、釣り師は少なく、尺ヤマメも釣れた。西丹沢には最近イワナが釣れたとの話も聞くが、殆んど放流されたもので、これは丹沢全域でも言える事だが、イワナが元々生息した谷は少ない。アマゴは酒匂川水系にはいるが、丹沢はヤマメの谷が殆んどだ。ある年の解禁に中川川に行った。中川川は、武田信玄の隠し湯として有望な中川温泉がある。最近は日帰り施設も出来たが、当時はまだ鄙びた温泉だった。バス停先からは歩くしかない。天気は曇りだが、風は無くなんとか行けそうだ。途中に出来たビジターセンターで休憩後、上流を目指して歩く。暫く歩くと舗装は終わり、工事のダンプカーの往来が激しい。大室山や加入道山には雪が薄ら見える。今は無いが、以前は白石沢にはキャンプ場があった。OFFシーズンなので、バンガローだけで人はいない。キャンプ場下から入渓、早速釣れたヤマメはやや錆びがあるが八寸だ。だが最初に出ただけで、あとはアタリもない。堰堤でも粘るが釣れない。『まだ早いな』と思いつつ杣路を歩いていると、静か過ぎる谷あいに、白い雪が舞って来た。寒さに震えながら二時間歩いて中川温泉に辿り着いた。
翠月
投稿者 ■高翠■【関東中部支部長】 23日 11:27 | コメント(0) | 日本渓流JP翠渓会 関東圏本部関東中部支部
ホームグランドとしている丹沢水系は大正12年の関東大震災により谷が崩壊し逃げ場の無い渓魚達は絶滅の一途を辿ったらしい。それでも一部の沢には原種の血を受け継いだヤマメが生息する。私がその沢に通ってからと言うもの、ここのヤマメの美しい魚体に魅了され幾度と無く足を運んだ。地元の方の話では大渕には40センチを越えるヤマメが居るとか、夏の夜は沢の石の上にランタンを灯し、集まる羽虫を寄せ餌に夜釣りをするとか、でかい杉の木の下には武田信玄の埋蔵物があるとかないとか????なんともロマンのある話である。
画像の大ヤマメはその沢で出た。実は釣り上げる半年前に目撃していてそれから執念で狙い続けた。そしてついにその日が来たのは台風が去った5日後。奴は動いた。V字型の落ち込み奥底で。歓喜と興奮が交差する。奴は何度も寄っては離れをくり返しついにタモに収めた。ウチワの様にでかい尾鰭がタモに収まり切れずだらりとしている。 ヒレが大きいのはこの沢のヤマメの典型的な特徴で、まるで羽衣を纏った天女のように美しい。サイズはジャスト40センチ。ついに仕留めた!
このヤマメはいったいどれ位、ここに居たのだろう。何年も沢で育ってきた魚体から放つオーラが得も知れぬ存在感となり私を凝固させる。
このヤマメを期に私は渓魚に対する愛情とも言うべきものだろうか、根本的に概念が変わったものがあった。
高翠
投稿者 ■高翠■【関東中部支部長】 9日 12:38 | コメント(1) | 日本渓流JP翠渓会 関東圏本部関東中部支部


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